ヘビーな二冊

最近読んだ本の中からヘビーな小説を二冊紹介。一冊は「おおとりは空に」津本陽・講談社文庫。もう一冊は「神様のパズル」機本伸司・角川春樹事務所。かたや幕末を舞台とした時代小説、かたや宇宙創生をテーマとした本格派SFと、おそろしく毛色が違う二作品ですが、非常にヘビーで読む人を選ぶ、よってなかなか他の人にお薦めできないという共通点があるので、まとめてご紹介というわけです。

「おおとりは空に」は、緊張感あふれる殺陣描写で剣豪小説というジャンルを切り開いた津本陽が、裏千家11代家元玄々斎宗室の生涯を描いた作品。なのですが、壮大とか激動とかいう言葉がまったく似合わない。誕生や死、結婚あるいは出世などの事件があまりにもあっさりと、時にはほんの一言ですまされ、代わりにたいしたことのない日常の風景が丹念に描かれていきます。とくに大きな割合を占めるのが茶会の次第を一つ一つ並べていく記述。門外漢である俺様にはさっぱりわからない茶道具の名前がずらっと並び、正直お手上げ状態。他の部分も、重大なはずの事件があまりにもあっさりすまされるのでずっと違和感がぬぐえずにいました。ところがあるとき、はたと気づいたのです。「リズムがぜんぜん違う」と。この小説はおそらく、江戸後期の大名のリズムで書かれている。そのため、たとえ親が死んでもそれは距離的に離れた実家の出来事であり、一通の知らせで終わってしまう。それよりは長い日常の細かな出来事が心中の大部分を占めているということなのでしょう。だから読むほうも大名の心持ちで、ゆったりと、茶器同様に言葉を一つ一つ愛でる感覚で読み進めねばならないのでした。気づいてからも、リズムを意識的にゆっくりととるのは骨が折れる作業でしたが、多少は魅力が掴めたように思えます。あとヒロイン研究家の視点では、正室まち子が秀逸。限られた描写でもここまでかわいく書けるものかと舌を巻きました。

「神様のパズル」は、物理を学ぶ学生が、「宇宙の作り方」を通して物理学の根本を問い、人のあり方を考えていくという、聞いてるだけでめまいがしてくるようなSF。正直読みづらいし、ひねりが足りない感じはしますが、宇宙は作れるのか、物理学とは何なのか、人はどう生きるべきかという根源的な問題に、きっちり答えを出したという点で、これまた舌を巻く作品です。物理の専門用語続出で、量子力学をかじったことのある人でないと相当つらい、というかオチがわからないと思いますが、本格的なSFが好きな人なら楽しめるでしょう。

で、「神様のパズル」を読んでいてもうひとつ二作品の共通点を見つけました。主人公が「弱い」という点です。物語というものは、キャラクターというフェライト磁石の動きを見ているようなもので、極性によってキャラクター同士引き寄せあい、あるいは反発し、磁力の差が大きいと片方がひっくり返ってくっついたりします。本来主人公とは大きな磁力を持った人物であるべきですが、幕末の大きな流れの中で茶道に一生をささげる玄々斎といい、天才少女に謎解きを任せてなぜか一人農作業をしている綿さん(「神様のパズル」の主人公)といい、この二作品の主人公はどうにも磁力が弱いのです。ですが、両方ともじっくりと丁寧に描写をすすめていくことによって、弱さは逆に魅力的になります。特に「神様のパズル」では、主人公のふがいなさが、壮大なテーマをそのまま打ち破っているようで、最後の最後でちょっと爽快です。他人をひっくり返して引き寄せるような真似はできなくても、ちょっと方向を変えるくらいならできる。そして、その少しの方向転換が人を救うことがある。なぜなら人は本来自分を救う力を持っているのだから。そういう小説です。

専門知識がないと本気できつい上、小説を読む力を相当必要とする二作品です。でも、この作品でなければ味わえない感覚があります。壁は高いほど燃えるという、読書家としては珍しい方にならお薦めできる…かな…?
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by kabehouse | 2004-07-17 15:39 | 本棚
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