カテゴリ:ヒロイン研究( 3 )

美少女の定量的分類

か: はいどーもー、壁のかでーす。
べ: べでーす。
か: 今日は日頃の美少女研究の成果を見て頂こう。題して「美少女の定量的分類」。
べ: 定量的って…何かの数値を測定して評価するってこと…だよね?
か: まあ一般的にはそうだが、今回はエセ定量的というか定量風というか、感覚的に線を引いて、ここまではこっちのタイプでここからはそっちのタイプ、というようにはっきりと分類してみようという試みだ。まあまずは下の表を見てくれ。
a0025830_2553779.gif
べ: おお、確かにちゃんと線引きされてるっぽい。
か: まず大前提として、ここでは少年マンガに登場する少女を扱う。少女の定義は「ある少年から見て年代が近しい女性(または女性人格を持つキャラクター)」だ。
べ: そんな小難しい言い方せずに「主人公と同年代の女性」じゃダメなの?
か: そうすると「可レン」とか困るだろ。少年マンガにおける少年の定義は「少年マンガに登場し、問題解決の主体となるキャラクター」で、主人公以外のキャラクターも少年となりうる。今日紹介する分類法は、ある特定の少年を中心にまわりの少女達を評価する方法で、一つの漫画に複数の少年が登場することも珍しくない以上、どの少年を中心に考えるかによって同じキャラクターでも分類されるタイプは異なる場合がある。
べ: つまり他のキャラクターとの関わり方で分類する方法なのね。といっても基本は主人公との関わり方なんでしょ?
か: もちろん基本はそうだ。主人公が特定しにくい場合や、主人公でないキャラクターから見る場合は、特に表記する必要があるだろう。
べ: で、まず全ての美少女はヒーロー・ライバル・ヒロインにわかれるわけか。
か: うむ。先ほど言ったように少年は問題解決の主体となるキャラクター。それに対して少女は、問題解決の助力となる(ヒーロー)、障碍となる(ライバル)、目的となる(ヒロイン)、という3種に分類される。さらに主人公との距離によってそれぞれ4種ずつに分類され、計12種の美少女タイプができあがるわけだ。
べ: 友達以上・友達未満ってのはまあ感覚的にわかるとして、戦う・戦わないってのは何?
か: 戦う・戦わないにはいくつか基準がある。まず、少女が自分の身に起こる問題を単身で解決できるか否か、ひと言で言えば「放っといても大丈夫かどうか」でわかれる。次に少年が特殊な能力を用いて戦う漫画の場合、同様の能力を持つ少女は「戦う」、持たない少女は「戦わない」とする。「ハイド&クローサー」の場合なら呪術が使える場合は「戦う」、使えない場合は「戦わない」となるわけだ。最後に主人公が変身する、あるいは日常生活とは違う秘密の側面を持っている漫画では、その秘密を共有している少女は「戦う」、していない少女は「戦わない」とする。「ハイド&クローサー」なら、ハイドがただの人形ではないことを知っているのなら「戦う」、知らないのなら「戦わない」となるな。
べ: あれ、ちょっと待って。じゃあ雨竜さんは…。
か: そう、「戦う」美少女でもあり「戦わない」美少女でもある。
べ: 線引きできてないじゃん!
か: そう焦るな。なぜこういうことが起こるかというと、「ハイド&クローサー」の主人公である春瓶が「呪術を使う少年」でもあり「呪術で動く人形を持った少年」でもあるからだ。この物語を「春瓶が呪術師として成長する物語」と見れば、雨竜さんは「戦わない」「友達未満」の「ヒーロー」であり、委員長キャラとなる(今後登場する時は「友達以上」のお姉さんキャラと考えても良いだろう)。ところが「春瓶がハイドとともに悪の呪術師を倒す物語」と見ると、雨竜さんは「戦う」「友達未満」の「ヒロイン」となり、一匹狼キャラとなる。ちなみに一匹狼キャラには不良キャラと優等生キャラが含まれ、雨竜さんはちょうど中間くらいにあたるな。
べ: 主題をどう取るかでキャラクターの役割が変わってくるのか…。
か: もっと突っ込んだ話をすると、「春瓶の成長」を主題とするならハイドは春瓶から独立した一人のキャラクターだ。対して「呪術を使った戦い」を主題に据えるなら、ハイドは春瓶が持つ力の象徴となる。だから本来なら、こういうキャラクター分類は連載が終わってから行うものだ。わかりやすいように大体でやっちまったがな。
べ: ふーん。ところで幼馴染みが二つあるのはなんで?
か: あー、そういう一つ一つのキャラタイプ解説は、やり始めたら長くなるんで、また後日ってことにしよう。
べ: もうだいぶ長くなってるしねぇ。じゃあこの話の続きはまた後日。
か: 乞うご期待。
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by kabehouse | 2008-04-08 02:58 | ヒロイン研究

「萌え」と「燃え」の話

ヒロイン研究家として、いつかはせねばならぬと思うのです。「萌え」の話を。漫画(?)オタクが生み出した数々の専門用語の中でも、この「萌え」という言葉は最もひどい誤解を受けており、口にしただけで弾圧されるような風潮ができているからです。俺様は「萌え」の正当性を断固主張したいと思います。だって、可愛い女の子より可愛くない女の子の方が良いなんてのはどう考えてもおかしいでしょう。

そもそも「萌え」とは、「燃え」と同じものです。漫画とは「面白い」ことを最優先価値基準としますが、それを目指すのはとても難しいことです。なぜなら、どんなに面白いものでも、何度も同じものを見せられると飽きるからです。このため「面白いパターン」というものは存在しません。パターンができちゃった時点でもう面白くないのです。漫画を描くことは、常に新しい面白さを模索する茨の道でした。しかし長い漫画の歴史は、もう一つの価値基準、「カッコイイ」を生み出しました。このとき発生した言葉が「燃え」です。「カッコイイ」シーン、「燃え」る展開は、パターン化しても変わらず魅力的でした。多くのヒーローがそれを証明しています。ここで注意すべきは、そのとき漫画は「面白い」を放棄したわけではないということです。「カッコイイ」だけを目指した漫画も多くあったのでしょうが、今も語り継がれる作品は、「カッコイイ」という枠の中でどれだけ新たな「面白い」を描くことができるか、という次のステップに挑戦したのです。

こうして「カッコイイ」ヒーローの方法論が確立されていく一方で、それをさらに引き立てるための「かわいい」ヒロインも模索されていきました。現在美少女が「かわいい」という形容詞で語られるのはこのためです。ヒーローをカッコよくするためのヒロインは、「カッコイイ」意味がなかった。あくまで戦うことで得られる報酬として描かれる美少女は、所有欲を刺激する、「守ってやる」存在でなければならなかったわけです。現在になってようやく「かわいい」の方法論は確立されつつあり、その結果使われ始めた言葉が「萌え」というわけです。「カッコイイ」ヒーローの登場によって「燃え」た少年は、「かわいい」ヒロインの登場によって、「コイツのためならオレは戦う!」とやはり「燃え」たわけです。これが「萌え」。つまり「萌え」は「燃え」の一部分なのですね。

それではなぜ「萌え」が誤解されているのか。その原因として、「萌え」に走った作品の多くは三つの欠点を持ちます。第一に作品自体が面白くない。第二にヒーローがカッコよくない。第三にヒロインがかわいくない。特にアダルトゲームおよびビジュアルノベルは毎週かなりの数が発売されますが、そのほとんどがこの三つを全て満たしています。

第一の面白くないというのはすぐわかると思います。何も考えずにかわいいヒロインをトレースすれば、陳腐になって当たり前。面白いわけがありません。第二のカッコよくないという話に関しては、前に述べたことを思い出してください。かわいいヒロインを出すことによって、よりヒーローに感情移入して戦うことができるわけです。少なくとも少年マンガではそうです。そのヒーローがカッコよくなくてどうしますか。ヒロインもかわいくなりようがないじゃないですか。そういう想像をして頂けると、最後のヒロインがかわいくないというのも少しは理解しやすくなるんじゃないかと。かわいいかどうかなんてキャラ単独で決められるもんじゃないんです。最近表舞台に出てきた美少女フィギュアにしたって、人形の演技から受け手が情景やストーリーを想像することによって初めてできあがるもんです。そういった「動き」のない美少女は何の魅力も持ちません。「とりあえず眼鏡つけときゃいいだろう」とかいう姿勢でデザインされちゃ困るんですよ。とりあえず巨大ロボ出しても、敵が人間サイズで踏みつぶして一件落着なんて話で燃えますか、って話です。

なんだか結局わかりにくい話になってしまったかもしれませんが、要するに「かわいい」美少女に「萌え」るのは、そんなに変な話じゃないんだってことが言いたいわけです。ただそんなに簡単に「かわいい」が手に入ると思うなと。とはいえ「かわいい」を連発するだけではただのオタクですから、そのうちちゃんと共有できる「かわいい」の方法論を展開できたらいいなあ、と考えております。
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by kabehouse | 2004-09-14 16:49 | ヒロイン研究

ヒロインとはなんぞや?

ついにヒロイン研究家としての活動開始。最初のテーマは、ズバリ「ヒロインとは何か」です。

漫画に限らず、すべてのドラマには「戦い」が必要です。難しくいえば「葛藤」ですね。主人公が何かに立ち向かい、乗り越えていく。その作業こそがあらゆる物語の本質となります。だとすれば、そこには戦う主体である主人公の他に、乗り越えるべき「壁」と、乗り越えたときに得られる「報酬」が作られます(報酬といっても、人の命だったり世界の平和だったりするんですが)。戦う主体、戦う対象、戦う理由とお考えください。

ここで、戦う主体はもちろんキャラクターでなければならず、主人公であるべきです。たまに主人公以外のキャラが戦うこともありますが、ひっくるめて「ヒーロー」と呼びます。戦う対象と戦う理由は先ほどのように「壁」、そして「報酬」と呼ばれますが、これを象徴するキャラクターを「ライバル」、そして「ヒロイン」と呼びます。

特に少年漫画においては、戦う対象と理由をキャラクターに象徴させる、つまり「ライバル」と「ヒロイン」を作ることが望まれます。「ドラゴンボールを探して旅をする」よりも「クリリンを殺したフリーザを倒す」ほうが数段わかりやすく、面白いのです。

例えば「名探偵コナン」の場合。もともと推理モノですのでヒロインやライバルは作りにくいのですが、工藤新一が体を小さくされて江戸川コナンを名乗る、という設定によって、ライバルである「黒の組織」を作りました。この場合戦う理由は「元の体に戻ること」ですから、工藤新一であったころの生活を象徴するキャラクター、つまり「毛利蘭」がヒロインとなるわけです。

他の事例として、「うえきの法則」を見てみましょう。一応世間一般には「森あい」がヒロインと認知されていますが、大間違いです。ヒーローである植木が戦っている理由は、「コバセンを助けるため」。つまりこの漫画のヒロインはコバセンなのです。

いかがでしょう?「ヒロインがコバセン!?」と思いましたか?でも、それと同時に「そっかー、植木ってコバセンのために戦ってたんだー」と、なんだかちょっと釈然としない気分になりませんでしたか?別に「ヒロイン=美少女」っていう等式がなりたつわけではなく、ヒーローが少年ならヒロインは美少女、というほうがいいからそれが一般的なんです。絵になるんです。だって、親父をかばって岩を止めるケンイチよりも、妹が人質にとられてるケンイチのほうが絵になるじゃないですか。そういうわけですので、ヒロイン研究は美少女を主に研究することになるわけなんです。なんか我ながら言い訳がましいことを言ってますが、今回はこのへんで。
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by kabehouse | 2004-08-20 16:22 | ヒロイン研究