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愛人[AI-REN]で、泣く

田中ユタカの「愛人[AI-REN]」(白泉社刊、全五巻)を買いました。雑誌連載の終了が2002年の5月。それから2年あまり経った今、ようやく完結巻が出ました。俺様は単行本が六巻を越すと急速に揃える気をなくすため、全巻出てから買う、という非道い男であり、また載っていたヤングアニマルという雑誌に当時馴染みがなかったこともあって、友人と話題にはしていたものの、未購入でした。んで今回ようやく全巻そろいで購入と相成ったわけですが、実際買ってみると、一発で惚れました。もう何度読んでも途中で冷静な分析力をなくしてしまうので、しかたなく今書ける限りのことを書きました。結果、あまりに長く、統一感がなく、しかも読みにくいものになってしまったため(俺様倒置使いすぎ…)、Moreに入れます。ネタバレとかは全然ないので安心して読んでください。

ま、大半はあとがきに描いてあることですから、こんなの読むくらいなら一刻も早く買って読んだ方が良いかもしれません。そのときは一巻ずつ買い集めることをおすすめします。少しずつ、先を気にしながら、また前を思い起こしながら読み進めていくというのは、良質なマンガでしか味わえない幸福な読み方ですから。



んでは、いきなり雰囲気が変わりますよ?心の準備はよろしいですか?では…

我が家の本棚に、手塚治虫の「マンガの心」(光文社刊)というハードカバーの本がある。僕が今まで少年マンガの読者をやって来て得た結論の多くは、すでにこの本に書いてあって、非常に悔しい思いをした。その本の中に、こんな一説がある。

「長編漫画を描く人たちには、はじめは八ページぐらいでまとめる物語を描いてもらいたい。最初から、何十ページの大冊は無理である。(中略)星新一か、レイ・ブラッドベリ、O・ヘンリーか芥川龍之介のように、たとえ短い物語でも、中身の濃い、ビチッとまとまったものを、まず、四ページか八ページでやってごらんなさい。」

まあ、当然といえば当然の話である。4ページとか8ページとは古い話にしても、まずは20ページとか32ページの読み切りを描いて、それから長編デビューというのが今では常識となっている。だが、その理由は、現在かなりあやふやになっているのだ。最初の第一話が18ページくらいで終わるような新連載には長いこと会っていないし、月刊誌なら24ページの連載が普通だ。僕自身、もちろん18ページあるいは24ページで毎回しっかりと楽しませてくれる連載もあるにはあるのだし、高く評価されているのだけれども、もう必ずしもそうでなければならない、とは言えないのではないかと思い始めていた。単行本が出てからヒットする作品も増えているし、数本のヒット作だけで雑誌は生き残れるのだから、多少中だるみがあったりテンポが遅かったりというのは、十分許容範囲なのではないかと。

しかし、それはやはり間違いだ。田中ユタカが、はっきりとそれを教えてくれている。もはやテンポとかの問題ではない。力感が違いすぎる。田中ユタカは、アダルトコミックの世界で揺るぎない地位を築いた男だ。そこは、今ではもう数少ない、一話完結型の話で成り立っている世界で、彼はもう何年も、何作もHマンガを書き続け、多くの読者を感動させて来たのだ。その彼が初めてヤングアニマルに連載した長編マンガ、それが「愛人[AI-REN]」。18ページ一話完結の世界で生きてきたマンガの、これが力だ。二人の男女が愛し合うという、それだけの18ページを長年ひたすら生み出してきた男の、有無を言わせぬ力強さがこれなのだ。想像するのは容易である。彼にとって、一話ぶんとなる24ページがどれだけ広いキャンパスだったか。一話一話に、彼がどれだけ命を込めたか。あとがきに書いてあることだが、一読しただけでわかる。このマンガは長編でありながら、一話一話が最終話だ。甘く切なく苦しく喜ばしく痛く辛く悲しく、幸せな物語が46話、輝く宝石を一粒一粒つなぎ合わせたように連なっている。なんたって、第一話始まって15ページで泣けてしまって、それから先涙が乾く暇は少しもないのだ。一巻ごとに休憩を挟んで読まなきゃやってられない。そんなマンガが存在するのである。僕らはもっと欲張りにならなければならない。マンガに対して寛容になってはいけない。一度でもできてしまったことは、当然できることとして扱うべきだ。良い悪いとか、面白い面白くないの前に、これだけ力のあるマンガが、もっと出てきてくれなければ困るのだ。

もう一つ、田中ユタカの力量を示そう。それは、読者がヒロイン「あい」の成長を追体験できるという点である。もし書店で平積みされていたなら、表紙を比べてみて欲しい。髪が伸びる。顔が変わる。体つきが変わる。さすがHマンガ家、その成長過程を微妙に描き分けている。もちろんそれだけではない。料理ができるようになる、ピアノが上手くなる、そして恋をする。愛し合う二人の一瞬一瞬を凝縮して切り取っていくというHマンガの手法で長編マンガを描くことで、まるで何年にもわたってため込まれたフィルムのように、密度の濃い一連の記録ができてしまったのだ。

申し訳ないが、今は夢中で、これ以上冷静な分析はできない。ただ言えることは、間違いなくこのマンガが、漫画史上最も美しい恋物語であることだ。僕がこれまで読んできた漫画と、それによって培ってきた知識、組み立てた理論は、このマンガの力強さの前ではほぼ役に立たなかった。きっとこれから僕の子供が生まれるまで、僕はこのマンガを何度でも読み返すだろう。そしてそのたびに、違うページで、それまで流したことのない涙を流すのだろう。いつか、忘れていたこのマンガが本棚の奥から出てきたら、僕はそれを僕の本棚の一番上の隅に並べよう。思春期に入った僕の子供が、こっそり自分の部屋へ持ち出して、一人で読んで泣けるように。
by kabehouse | 2004-10-05 13:18 | 本棚
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